走れ!でんどう三輪車
齢70にしてブログなるものに挑戦!人生まだまだこれからですよね(^^)//。俳句や詩歌を趣味として又釣り人として、 、、、、、はたまた「でんどう三輪車」として、日々の出来事を綴ります。

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心の生計を立てる

/////心に響く言葉////////////////////////////////////////////////

心の生計を立てる


ある女性作家がメールマガジンにこんなことを
書いていた。「書くという作業」を生計を
立てるためと言うと少し、違和感が生じる、と。

長い間、もう40年以上そのことに
ついて自分なりの納得のいく
答が見つからなかった、と。

そしてこうも書いていた。
以下、抜粋

「ユーゴスラビアで素朴画を描いている
イワン・ラポジンという人を知った。
彼は画家として儲かる絵の描き方を
もちろん知っている。それなのに彼は
素朴画を描いている。そこには誰も
踏み込めない彼自身の世界があるようだ。
その彼が素朴画を描き続ける理由を
「心の生計を立てるために描く」

*:.。.:*・゜・*:.。.:*・゜・*:.。.:*・゜

彼女はこれでハタ!と膝を打った。
そうだ、そうだったんだ、と。

で。
ここで、私ゴトキがついでに書くのは
実におこがましいのは、ジュウジュウ承知の上で。

15年続けてきたインドの障害児への教育支援を
今月、一応、終わった。例会日にある団体で借りていた
ロッカーを整理、書き損じはがきを依頼していた各
交流館にもお礼の挨拶文を持参して訳を話し……。

これはもう3年前に話し合って決めていたこと。
何事も(仲間たちとやるということについて)
ず~っとは続かないし、不可能だ。

同じ力を持続することも不可能。それに、同じ
支援を続けることでの相手方が相手方の依存度を
高めるとこになったということがないとも限らない。

会を終えて、来月の例会日にはこれまで関わって
くれた人たちにも呼びかけて「打ち上げ」をしようと
いうことになった。

ボランティアなので、自分から持ち出すことは
あっても、交通費から、時間から何一つ支給された
ことは、ない。
(このボランティア詳しくHPに以前)

それが誇りでもあり、自負でもあり。
今、ふっと思う。
ああ、このボランティアは意思を同じくする
仲間との出会いにも恵まれてきたし。

ある意味では「心の生計を立てるため」って
いう意味も、少しはあったかな、と。

(ランタナさんの『徒然なるままに』から・・原文のままです)


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心の生計を立てる


この言葉に・僕もハッタと膝を叩いた。

ブログで詩を書いていて、時々「お金になるの?」と聞かれる。

「お金にはならないけれど」と答えるけれど後の言葉が続かない。

漠然としていた霧の中のような気持が『心の生計を立てる』の一言で、

夕立の後の青空のようにすっきりした心持である。

野球などのスポーツ選手や芸能人が何千万、それどころか何十億の金銭

を手中に入れてマスコミを連日にぎわせている時代である。

ともすると経済価値だけが人間の価値のように思われがちだけれど、こ

の世の中にはボランテア活動のように無償で汗を流している人も少なく

は無い。無償ではなくても少ない報酬で己の生きがいに誇りを持って働

き生きている人がいるいると思う。

人間の価値観を経済価値だけで選別すると言う事は何故か寂しい。

確かに経済的安定は幸福な人生を送るのに欠かせないことであるけれ

ど、戦後の貧乏生活の六畳一間の生活の中に幸せな家庭の温もりがあっ

たはずだ。お金さえあれば何でも欲しい物が手に入る次代、子供の自

殺、親子兄弟での殺人、目を覆うばかりの心の貧しい時代であるある。

もう一度、貧乏生活の中の心の豊かさを見直したい。

(20027・2・28)

(快くご承諾していただいたランタナ産に感謝して)









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  1. 2007/02/25(日) 10:17:42|
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