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走れ!でんどう三輪車
齢70にしてブログなるものに挑戦!人生まだまだこれからですよね(^^)//。俳句や詩歌を趣味として又釣り人として、 、、、、、はたまた「でんどう三輪車」として、日々の出来事を綴ります。

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鮎、そして出会い

 鮎、そして出会い   いのうえ つとむ

緑の山々に囲まれて相模湖を過ぎたころ河井さんが運転しながら「こんな事を聞いてもいいですか」といつものように前置きしながら話をされた。

「前世はあるのでしょうか」
「どう思います」
「死んだ跡はどうなるでしょうかねー」
「僕は戒名などはいらないからと何時も妻に言っているのです」・・と
立て続けに話される事が生命論で運転しながらの話としては重すぎて返事を考えていると河井さんの話はどんどん進んでいった。

僕は話が一区切りしてから「日本は仏教国だから輪廻の思想が根底に有り・・三世の生命観を心の中に置いていますよね・・東洋の仏教国とキリスト教の西洋とは根底から違うと言いますからね・・ブログでスイスの「みんつ」さんが書いていますが、ストレスから開放されるのに10年は掛かるそうです・・日本人と気質がずいぶん違うようですね『スイスは観光に来るところで住むところではない』とも言われていますよ」

「ところで戒名なんか要らないですよね」
「坊主の金儲けの手段ですよね」
「院をつけるだけで何10万も時には何100万も取られますから」

河井さんも「戒名がなければ成仏しないなんておかしいよ・・じゃーキリスト教徒は成仏しないのか?・・と言う事になるよね」と話を続けられて、
「坊主の金儲けだよね・・一度死んで生き返った人が戒名で呼ぶのか・・呼ばないでしょう・・普通の名前だよね・・だから僕は戒名は付けないよ」

創価学会の葬式は『友人葬』といって宗門の寺と決別してからは・・僧侶のお経も無く、創価学会の幹部の導師で友人が集い法華経の勤行と題目を上げて爽やかなお葬式だった・・勿論戒名は付ける必要は無く「俗名」であった。
此の『友人葬』が本来の葬式だと創価学会の人は言っていた。

戒名一つとっても河井さんは苦労人だけあって社会を正眼していて、流石だと思った

僕も「俗名・井上 勤 之霊」と書いてくれればそれが一番良いのだ・・と考えをめぐらしていると・・河井さんは話を続けられた。

「妻は『幼くして死んだ子は早くあの世に逝って幸せに暮らしている・・だから可哀想ではない』と何時も言うのだがねー」

日本人の多くは阿弥陀経の西方浄土の念仏思想が根ずいていて・・美しい夕日の彼方に死後の平安を求めているのだなと思った・・お釈迦様はどうしてこの璽前権教を捨てて法華経が真実だと言うのだろうか・・西方浄土の死後に美しく安らかな仏を求めた教えから・・法華経の成仏は生前の個々の命の中に仏界と言う最高の命が存在していると説いたのか・・宇宙全体が生命の根源で縁に触れて・・人間に生まれたり犬猫・虫に至る動物に生まれてくると言う・・人間に生まれてきた事がどんなに素晴らしいかと説いている・・一説には衆生の気根が幼くて高度な法の法華経を説いても幼稚園の子供に大学の学問を教えるようなもので聞く耳を持たなかったからだとも言われている・・阿弥陀経と法華経はまるきり相反して逆転した話なので・・誰もが困惑してしまう・・そんな事を考えていると・・河井さんは出会いの不思議さに話を進められた。

「こうして井上さんと話をしているのも不思議だね」
「相模屋さんの鮎釣ツアーで河井さんの釣っている川下に来て・・『ここで釣らして下さい』と声を掛けたことが二人の縁ですね・・『井上さんの笑顔が気に入った・・お付き合いしましょう』と河井さんに言われて今日があるのですね・・こうしてお世話になるのは本当に夢のようです」

「生まれてくるのも不思議だよね・・人間に生まれるのか・・犬や猫に生まれるのか」

「人間に生まれても戦乱の中で生まれるのも可哀想だね・・不思議だよね」

「貧富の差もあるし奴隷になった人もある・・本当に不思議だね」

「・・井上さん聞いてくださいよ・・警察学校を卒業して初めて赴任したのが新宿の交番でしたよ・・そのとき若い娘さんが『家の前に何時も駐車されて困っています・・何とかして下さい』と言ってきたのが今の妻です・・綺麗だなー・・可愛いいなー・・と思いましたよ・・もし新宿の交番に赴任しなければ・・もし駐車違反がなければ・・今の生活は有りませんね・・子供たちの生活も有りませんね・・出会いとは不思議だよね」
「そういえば・・僕ら夫婦が・・一緒にならなければ子供も生まれてこないし・・今の子供たちの生活もない事ですね」と河井さんは感慨深そうに話された。

河井さんご夫婦の出会いを聞いていて自分の出会いを話そうかと思っていると桂川に着いてしまった・・自分の出会いはまたのお楽しみにして・・鮎釣に心がときめいてきた。

それにしても囮鮎に体当たりをして・・鋭い針に掛けられて釣られてしまう鮎・・此れも鮎の悲しい出会いなのだろう・・そんな事を思いながら清流に抱かれるように鮎釣に没頭した。

(2006・9・7)

 
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  1. 2006/09/07(木) 07:22:54|
  2. 渓流に鮎を求めて|
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  4. コメント:2

  

コメント

みんつさんアルプスから有り難う

こちらは秋を感じるようになりましたがまだ暑いですね・・今スイスの気候はいかがですか?何時もみんつさんの日記は楽しいにしています・・日本の小さな島から出たこと無い僕には本当に勉強になり教えられる事ばかりです・・異国の土地で生活されるご苦労は多いと思いますがそれを感じさせない明るい名文は・・いつの間にか自分もアルプスの山の谷間にいるような気になりますね・・(リンクの2番目に『アルプスの主婦みんつ』です・・是非皆さんも背中に羽根をつけて
アルプスはスイスの国に飛んでみてください)・・みんつさんも風邪を引かないようにお体には気をつけてくださいね。
  1. 2006/09/07(木) 23:07:01 |
  2. URL |
  3. でんどう三輪車 #-
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ご無沙汰しています。

私には、難しいことは分りませんが、キリスト教徒の国に暮らしていると、やはり根本的な考え方の違いを感じることが多いです。
一言で言ってしまうなら、私達が普通に教えられた、仏教だの儒教だのの影響、「物事の心理を突き詰めよう」という様な、深く考える習慣、に欠けるように感じます。

小手先だけの理論は得意でも、その奧にある心理を見つめる目、というようなものが、少なくとも私には、感じられないことが多いのです。
文化が浅い国ゆえの、スタイルの欠如、みたいなものも感じます。

私自身は、戒名どころか、お墓自体要らないと思っていますけど・・・
  1. 2006/09/07(木) 20:18:11 |
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  3. みんつ #wnKk/6Co
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