走れ!でんどう三輪車
齢70にしてブログなるものに挑戦!人生まだまだこれからですよね(^^)//。俳句や詩歌を趣味として又釣り人として、 、、、、、はたまた「でんどう三輪車」として、日々の出来事を綴ります。

●人気blogランキングへ参加中●ここをクリックして応援して下さいね!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

ここにも花が咲いていた

    同窓会

2005年5月22日、浜名湖のホテル白砂亭で小学校の同窓会があった。たしか卒業して56年になると思う。
最初は出席の返事を出し楽しみにしていたのだが、持病の喘息で昼間は良いのだが、夜になると・咳と痰に悩まされて同室になられた方に迷惑をかけるか?と思い、「 参加 」 を変更して 「 不参加 」 の連絡をした。「 もし体の具合が良くなったら来て下さい 」 と、幹事さんは言ってくれた。
それから同窓会の一週間程前に幹事さんから電話を受けたが、やはり咳と痰に悩まされていて、「 参加は無理 」 との返事をした。

幹事さんがツテを頼りに 「 節子さんに 連絡したところ、節子さんも参加してくれる、ツトム君の事をよく記憶していると言われていたので、電話番号を教えるから・・・電話をしてくれる? 」 と言われ、懐かしく思い、早速電話をした。

節子さんは事情があり、養女として来られて4年生の1年だけ田舎の学校にいたが、お母さん恋しさで、耐えられず豊橋の親元に帰つた。僕は5年生のときに胸を病み落第してしまい1級下のこのクラスに編入したので、節子さんとは机を並べて勉強していない。だが家が隣近所だったのでよく遊んだ。

子供の頃の懐かしい思い出を話し合った後 「 実は僕は喘息で
夜・咳と痰が出るので皆さんに迷惑をかけるから、参加しないんだよ 」と話したところ、彼女は 「 泊まらなければいいでしょう。私も用事があるので日帰りです。懐かしいからぜひ来て下さい。」 と言われて、僕も、「 泊まらなければ迷惑をかけずにすむ 」 そう思い直して参加することにした。

浜名湖は排気ガスの多い横浜とは違い、空気が良いのだろう。宴会中は幸い咳も痰も出なかった。抽選で席を決めたのだが、運良く節子さんが隣に座った。宴会の短い時間だったがいろいろ話が出来た。

節子さんが養女に来た事情というのは、養女になる家が村長をされた事のある・この地方の名士の家系で、電話はこの家に一軒しかなく僕の家もよくお世話になった家だ。この家の一人娘のセキちゃんが女学生のとき学徒動員されて、豊川海軍工廠に働きに出て、運悪く大空襲の爆撃に合い、一命を落とされた。( このときの爆撃はすさまじく何百人だたろうか?全滅に近かったと聞いている ) 多くの方が命を落とされた。ご家族の落胆ぶりは想像を絶する。とりわけ、お母さんのタキノさんはお気の毒だった。僕の母が親しかったので、母から何度もセキちゃんの話を聞いた。・・・戦争ほど恐ろしいものは無いとつくずく思う。

そういう家に節子さんは養女に来たのである。大事にされただろうが、実家に帰ったとき自分の生家が良くて二度と戻られなかった。

僕が不思議に思って聞いたのは、4年生の時、1年だけの短い期間でも、よく同窓会に参加されたことである。

節子さんは「 それは皆さんがとても優しく温かかった 」・・・「 けれど同級生の人はほとんど記憶にない・・・でも隣近所で、仲良く遊んだ泉さんと芳子さんに会えないのは残念ね。・・・泉さんはお母さんが早く亡くなられて可愛そうだった。妹さんのお守りをしておられた 」・・・「 会いたかったのに残念ね 」と二度ばかり繰り返された。・・・以前、空襲で豊橋も危なくなり、奥三河の村に母と子供だけ疎開をした。食べるものが無く辛かった 」・・・「 お金があっても村の人は分けてくれなかった。母が栄養失調になり、お腹がポンポンに腫れてしまい、もう少しで命を落とすところだった。幸い父が復員してきて・・・ これは大変だ・・・ と言い、奥三河から豊橋までおんぶして、病院に入れ、一命をとりとめたの 」・・・「 それに比べて皆さんは優しかった 」・・・「 私も母と背負子を背負い、よく山に薪を集めに入ったのよ 」と話してくれた。・・・食べるものが無く薩摩芋の葉をみんな食べた時代だ・・・この時代は、みんな同じような生活を経験していた。

まさか節子さんがこのような辛い体験をしているとは思いもよらなかった。大きな店と工場を持つ会社の令嬢で品がよく利口で・おまけに美人と来ている・・・どう見てもそんなふうには見えなかった。
人は見かけで判断できないと今さらながら思った。

同窓会に来られた節子さんも子供の時と同じように、品がよく
美しい花が咲いているように見えた。皆も同じように見えただろう。  

     でんどう三輪車  ( 2005・5・24 )
スポンサーサイト




  1. 2005/05/24(火) 01:34:43|
  2. 日々のできごと|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0

  

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

 

  

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。