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走れ!でんどう三輪車
齢70にしてブログなるものに挑戦!人生まだまだこれからですよね(^^)//。俳句や詩歌を趣味として又釣り人として、 、、、、、はたまた「でんどう三輪車」として、日々の出来事を綴ります。

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最終の新幹線で

昨夜、最終の新幹線の切符を買うとき「後6分で最終の東京行きが発車です。急いで!」と言われ飛び乗った。
座席に座るとすぐ発車した。豊橋の夜景が後ろに流れていくのを眺めながら母のことばかり思い巡らした。「もっと元気なうちに来てあげればよかったのに・・ブログのコピーを早く送ってあげればよかったのに・・文字が小さいので読みにくいから拡大コピーをしてから・とか・・インクが切れて買わなければ・とか・・忙しさにかこつけて、寒口鳥になって・・明日やろう・明日やろう・・と伸びてしまった。
母は、父と同じように毎日、日記をつけていて、時折俳句や短歌を作って楽しんでいた。
読売新聞洋光台センターでコラムを書いたときも拡大鏡で辞書を片手に見ながら楽しんで読んでくれた。これをブログの「コラムでんどう三輪車」に書いた。この・ 三輪車のひとりごと 5・「汽車の警笛」は、母の実体験なので涙を流して読んでくれた。怠慢から・・残念に思って新幹線の座席に体をうずめながら「汽車の警笛」を思い出していた。  

* 汽車の警笛

「 青木ヶ原の樹海に入って行く人が今年は多い 」 と新聞店のパートのおばさん達が話していた。樹海と言えば風穴洞に一度行った事がある。雪の富士山を背景にした七かまどの赤い実が目に浮かぶ。又このごろは人身事故で電車がよく不通になる。年の暮れは何故か事故が多いと話していた。

 僕が幼少の頃、お爺さんやお母さんは畑仕事を終えて家にいた。父は戦地に行っていなかった。
ある日、僕より幼い子供を連れて婦人が尋ねてきた。我が家の隣の家が親戚なので頼ってきたが疫病神のように追い払われたと言う。「 主人が戦死して生活が出来ない 」 と泣いていた。
「 あいつは冷たいやつだなあ 」 と言いながらお婆さんがお米を袋に入れて渡していた。「 これで子供に白いお米が食べさせられる 」 と礼を言って婦人と子供は帰っていった。「 困ったらいつでも来るように 」 と激励して家族で見送った。日暮れの薄暗い道をとぼとぼと帰っていく母子の後姿が今も忘れられない。 

 その日の夜中になってホーホーホーと汽車の警笛が聞こえてきた。いつもより長いので 「 事故があったな 」と悪い予感がした。
朝になってお爺さんと歩いて駅に行ってみると、案の定・・・母親と子供が心中していた。綺麗に掃除されていたが踏み切りより50メートルるほど名古屋寄りに離れたところの線路に白いお米が散らばっていた。「 あの世に行っても子供にひもじい思いをさせたくないと思ったのだろう 」 とお爺さんはつぶやいていた。悲しくあまりに痛ましい思い出だ。

 これは生きる気力を失った不幸の極限の生命状態で 「 地獄界 」 と言われる。他人事ではなく、誰にでもある生命状態だと言う。誰もが不幸の主人公に成りたくは無いと思う。だが人生、一瞬先は闇。行く先々どんなことがあるか分からない。いずれにしても何かあったとき相談できる人がある人は幸せだ。良い友達を持つことがどんなに大事かと思う。

 調子の良いとき、景気の良いときは人は寄ってくるが、一転して苦境になると冷たいもので離れていく。そのとき初めて人の心は分かる。事があったとき人の心が分かる。

 人生案内に身内との金銭トラブルの相談があった。とかく借金癖のある者は自分の生活のレベルは落とさずに他人の懐を当てにするきらいがある。僕の仕事先の若い店員でパートの人たちにお金を借りまくっていたのがいて、僕にも必ず返すからといって借りにきた。ヘビースモウカーなので「まず煙草を止めたら?」と言うと 「 止められない 」 と言う。パチンコはやるし呑み屋にも出入りしているようだ。ブラックリストに載っているというが、本当に困っているのではない。

 本当に困っていても、きっぱり断ることが本人のためになる。
断らないのなら、とことん地獄の底まで付き合うしかないと思う。その場合どこまで借り方を信用できるかだとも思う。

人生、晴れた日もあれば、雨の日もある。曇りの日も、雪の日も、嵐の日もある。僕はいつも思うのだが1年365日、1日24時間、天文台から発せられる正確な時間は皆平等だ。この天文台の時間と身に感じる時間との相違である。同じ1時間でも病院での待ち時間は長く、デートのときは瞬く間に過ぎる。辛い仕事や嫌な仕事は長い。仕事に打ち込んでいるときは一瞬に過ぎる。どうやら心の豊かさと貧しさに関係がありそうだ。心とは不思議なものだ。お互いに充実した一生を送りたい。

子供の頃に聞いた、あの汽車の警笛が遠く聴こえてくる。  

         (2003)  でんどう三輪車

・・・このコラムを読んだ事を僕に話しながら・「可哀想だったなー」と涙をぽろぽろ流して泣いていた。・・・博がコンピューターのブログというのを作ってくれて、インターネットに詩やエッセーを書くから読んでねと・話すと、それを楽しみにしていた。一番読ませたかった母に お正月には・いや、その前に持って行こう・・・などと自分の怠慢で読んでもらうことが出来ないと思うと・・・残念で仕方が無く涙がにじんできた。

新幹線は涙顔のでんどう三輪車を乗せ瞬く間の速さで新横浜に到着した。

(2005・10・31)


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  1. 2005/10/31(月) 07:55:18|
  2. 日々のできごと|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:7

  

コメント

家出

ドライブではなく、結局家出しました。
  1. 2005/11/01(火) 16:42:06 |
  2. URL |
  3. プチ #-
  4. [ 編集]

putiさん元気出して!

ドライブですっきりしてね!

でも気をつけてね!
  1. 2005/11/01(火) 14:07:19 |
  2. URL |
  3. でんどう三輪車 #-
  4. [ 編集]

ドライブ

僕も最終になるかもしれませんが、今のままでは頭の中は「死」しかないので、ドライブにでかけてきます。
  1. 2005/10/31(月) 22:48:43 |
  2. URL |
  3. プチ #-
  4. [ 編集]

ドロシーさんいつも有り難う

ドロシー俳句で・・どんなに一日が楽しく張り合いがあるか・・名前を見ない日の、空しさ、寂しさは、貴女と同じです。
ネット友達ってこんなにいいものかとおもいます。・・これからも宜しくね。
  1. 2005/10/31(月) 13:34:24 |
  2. URL |
  3. でんどう三輪車 #-
  4. [ 編集]

美也子さん、ご心配おかけしました。よきアドバイス本当に嬉しいです。兄夫婦がよく面倒を見てくれ、親戚も好い人ばかりでありがたいと思っています。これからも宜しくご指導ください。
有り難うございました。
  1. 2005/10/31(月) 13:26:39 |
  2. URL |
  3. でんどう三輪車 #-
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管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2005/10/31(月) 12:51:00 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

離れていると

してあげたいこと、してあげられないこと、辛い思いにも囚われがちですね。
でも、ご親戚の皆さまが、お母様をしっかり支えてくださっているようで、良かったなと思います。
おこがましいのですが、離れている者の努めは、お母様と周囲の皆さまに、感謝の気持ちを伝え続けることかと思います。

そしてお母様はきっと、でんどう三輪車さんが日々
生き生きと過ごされることを
何よりも望んでおられるのではないでしょうか。
このお母様にしてこの息子さんがあると
私たちの胸にはしっかり届いてきます。
これからも折に触れ、お母様のお話を聞かせていただければと思います。

でんどう三輪車さん、ご心配が尽きないでしょうが、どうかお体に気をつけて!
  1. 2005/10/31(月) 11:08:37 |
  2. URL |
  3. 美也子 #-
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