走れ!でんどう三輪車
齢70にしてブログなるものに挑戦!人生まだまだこれからですよね(^^)//。俳句や詩歌を趣味として又釣り人として、 、、、、、はたまた「でんどう三輪車」として、日々の出来事を綴ります。

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木蓮・一句

木蓮の濃き紫や業背負い     
(もくれんの こきむらさきや ごうせおい)     つとむ

※ 推敲
・・『業背負い』という重い言葉に『紫色』では軽く合わない。『濃い紫』が適している。
・・『花』は『木蓮』と『濃き紫』で意味が重なるので除いた。
・・『の』の使い方 『や』の使い方で、俳句は変わってくる。
・・推敲に、推敲を繰り返したが俳句は奥が深いと思う。

濃紫花木蓮や業背負い    
(こむらさき はなもくれんや ごうせおい)  
濃紫の花木蓮や業背負い    
(こむらさきの はなもくれんや ごうせおい)   
木蓮や濃き紫の業背負い     
(もくれんや こきむらさきの ごうせおい)
木蓮や紫色の業背負い  
(もくれんや むらさきいろの ごうせおい)
木蓮や紫とゆふ業背負い    
(もくれんや むらさきとゆふ ごうせおい)
木蓮や濃紫とゆふ業背負い
(もくれんや こむらさきとゆう ごうせおい)
木蓮や濃紫てふ業背負い
(もくれんや こむらさきちょう ごうせおい)
※ てふ(という)

濃い紫色の木蓮の花を僕は華やいだ花には観れない。
「桜梅桃李」とは桜は桜・梅は梅・と同じ花のように見えて
それぞれ似ていながら違う花であるという
人の個性を
花に例えほめ称えた言葉である。
しかし僕が木蓮の花を重く暗く観るのは
・・僕の生い立ちに依るのだろうか。
小学五年生の時に死の病・結核に侵されて
父と枕を並べて絶対安静を余儀なくされた。
「絶対安静は胸に生卵を乗せ落ちないようにとの思ひで」と
父に諭されて天井板の木目を見ながら安静して暮らした。
家の庭の片隅に一本の木蓮が咲いていたが
いつ死ぬかわからぬ希望のない少年には暗い花に見えた。
「烏の黒きも鷺の白きも先業のつよくそみけるなるべし」
日蓮大聖人のご金言のように(佐渡御書)
動物も植物も
・・ましてや人間は先業により定められた一生を
生れて来た鉢の中で・・それぞれ生きねばならない。
濃紫の木蓮の花を華やいだ花に観えるのは
・・何時の事だろう。
・・境涯を高めたとき初めて見ることが出来るだろうか。

ご訪問の皆さんに感謝して!。 
(2016・1・15)




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  1. 2016/01/15(金) 07:51:57|
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