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走れ!でんどう三輪車
齢70にしてブログなるものに挑戦!人生まだまだこれからですよね(^^)//。俳句や詩歌を趣味として又釣り人として、 、、、、、はたまた「でんどう三輪車」として、日々の出来事を綴ります。

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黄色い薔薇

(撮影・nicoさん)
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 黄色い薔薇  いのうえ つとむ

バラの花
バラの花だよ
黄色いバラの花

母の日
母の日を
子供達は忘れていた

笑顔 笑顔
子供の笑顔
それが母の日のプレゼント

明るい笑顔が
・・一番嬉しいプレゼント
笑顔 笑顔のバラの花だよ


(2007・5・16)
(この詩はnicoさんに贈る・・明るい写真を拝見!有り難う)



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  1. 2007/05/16(水) 13:01:14|
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つつじ散る

* 躑 躅 散る 心を虜に 君の声   つとむ


(撮影・雨さん)
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躑躅(つつじ)が散る様は、桜と違いどこか未練がましい。
桜は散るのではなく『自ら散っていく』と表現した作家がいたと記憶する。
同じ花でも桜と躑躅とは散り際があまりにも違うように思う。

別れ際に若い彼女が「友達よ!」と念を押すように言って爽やかに握手をしてくれたが、其の声も掌のぬくもりも、心を占領して夜は明け方まで眠りにつけなかった。
文豪川端康成が『老醜』を疎ましく思い自害をした気持が良く理解できる。

溢れるばかりの若さが、生涯青春と意気込む老人の気持を若くし癒してくれるが、歳を重ねていく事の一抹の寂しさを覚える。

人は何処から来て何処に返っていくのか、永遠の課題ではあるが、自分の一生に当てはめてみると厳しい問題であると思う。

過去・現在・未来の三世の生命観から考えると、我が人生もこの地球上の舞台に立ち寄ったほんの一瞬に過ぎないかも知れない。

残された人生を、この一瞬一瞬を、悲劇の主人公ではなく、若々しく歓喜溢れる主人公として歳を重ねていきたい。

散る時は桜として散るか、躑躅として散るか、ここが大きな課題でもある。


(2007・5・14)



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  1. 2007/05/16(水) 01:11:35|
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