走れ!でんどう三輪車
齢70にしてブログなるものに挑戦!人生まだまだこれからですよね(^^)//。俳句や詩歌を趣味として又釣り人として、 、、、、、はたまた「でんどう三輪車」として、日々の出来事を綴ります。

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身近なところに

 身近なところに  いのうえ つとむ


野辺に花が咲き乱れ
自分の足元の
・・なんと豊かなことか

遠くばかりに憧れないで
じっくり足元を
・・見つめてごらん

虫の営みの小さな動きも
そのたくましさに 
・・心が躍るよ

梢で囀る小鳥のコーラスの
その清々しさに
・・心が和むよ

白い雲に夢を乗せれば
その軽やかさに
・・心が広がるよ

身近なところが
どんなに素晴らしいことか
・・知っていた少年時代

みんな同じ地球だもの

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

遊ぶことも出来ない・・
学校にも行けない・・
少年時代に胸を病み
僕は闘病生活を送った

悲しくて 悲しくて
涙が目じりから頬につたわり泣いてばかりいた
最初は「どうして病気になったのだろう」と
ため息ばかりついていた

やがて 寝巻きの縫い代の中に蚤を見つけ
つぶしては心を間際らした
ヨットのように蟻が虫の羽を運んでいた
床の上が広い海のように見えた

天井を見つめていると
板の木目がいろいろな模様を描き
・・空想を広げた
何処か遠い国まで旅をした

窓の外では雀が毎日遊びに来た
軒下にツバメが巣をつくり
せっせと餌をは運んでいた
梢ではメジロが囀っていた

いつか泣くことも ため息をつくこともなくなり
身近なところに・・小さな喜びを見つけた

(2006・5・1) NO・322




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  1. 2006/04/30(日) 23:41:25|
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つつじ満開

”人生は刺繍を裏から見るようなものね。
糸が交差しもつれ合い、結び玉があり混沌としている”

( 月草さんの刺繍のお師匠さんのお言葉 )


リンクの中の 『ラベンダーのかおり・月草さん』  http://blog.goo.ne.jp/tukikusa_may/ の人生のレポートをごらんになってね。


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 つつじが満開  いのうえ つとむ


つつじが満開
つつじが満開

公園も団地の植え込みも
つつじが満開

芹を摘んでいるこの谷間も
つつじが満開

ホーホケキョ ホーホケキョ
鶯が鳴いている

真紅の赤 淡いピンク色
地面は色彩豊かに彩られて

この地面の中を
誰か、思いを馳せるだろうか

麗らかな 麗らかな 春の「一日」

(2006・4・30) NO・321
(この詩は、月草さんの人生のスピーチに寄せて・月草さんに贈る)


戦時中、戦災を避けて東京から日本刺繍の職人さんが疎開されて来た。
男四人女三人の子供を抱えた人の良い夫婦で食料難の時節柄仕事は少ないょうだった。
その子供ととりわけ仲良しだったので、よく遊びに行って刺繍の仕事を見せていただいた。

奥さんが色鮮やかな絹糸を紡ぎ、ご主人が絹の帯に一針・一針、糸を刺して綺麗な絵柄を織り成していた。
良く見ると帯の裏は、刺繍の糸が縦横に這って重なっていて綺麗な絵ではなかった。

今、絢爛と咲き競う「つつじの花」を見ていると何故か刺繍の職人さんを思い出し、この地面が刺繍の帯のように見える。
華やかに見える人生も、その裏は苦悩の葛藤で、あの刺繍の帯と同じかもしれない。                (でんどう三輪車)


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  1. 2006/04/30(日) 16:48:22|
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人生は刺繍

”人生は刺繍を裏から見るようなものね。
糸が交差しもつれ合い、結び玉があり混沌としている”

(月草さんの刺繍のお師匠さんの言葉)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『 織りなす 』




 胸の土 秋にかわかず 冬知らず 四時ゆたかなり 花うゑてみよ 
                                                          与謝野晶子

私の胸は乾かない 
みずみずしく美しい花をたくさん咲かせるわ・・・(月草さんの解説)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人生は思うままになると思っていた学生時代
意地っ張りな私は 裏こそ美しく仕上げようと思いました。




しかし”Life is difficult.”
何て、物事がうまくいかなくて落ち込むことの多いことか

 
表に一幅の絵がおりなされるために
その絵が色彩よく精巧なものであるためには
それだけ裏面は複雑でなければならない

人生というものは、送っている間は少しも美しいとはおもえず
むしろまどい、疑い、苦しむことの多いものでしかない。

しかし実は それらがあってはじめて 
その人しか織りなせない人生と
ユニークで美しい織ものは織られる




先生の言われた言葉が じんわりとよみがえってきます。

自分の分際を思い知り、本当にその通りだなぁと 実感しながら

それでも、それでも ”自分らしく”
”ユニークで美しい織物を織りたい”

まだまだ 織り続け、人生のレポートを書き続けなければなりません。

(月草さんの「木積」の人生のレポートをご紹介します、リンクの
をご覧になって・・ホット一休みして下さいね)

 





  1. 2006/04/30(日) 16:15:16|
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山羊になって

春の七草は平安時代に「四辻の左大臣」が
「せりなづな 御形はこべら 仏の座 すずなすずしろ これぞ七草」
と詠んでから、春の七草として定着た。

「君がため 春の野に出でて 若菜つむ 我が衣手に 雪は降りつつ 」
(若菜 = 春の七草)
(光孝天皇(こうこうてんのう))
    
               「古今集」 百人一首(15)

* せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ・・など、
春の七草は「七草がゆ」にして食べるなど、昔から 1月7日に ”食”を楽しまれてきました。

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山羊になって  いのうえ つとむ

緑の若草を美味しそうに食べる
山羊を見ていると
自分も食べてみたいと思い
山羊の食べる草を口にしてみた

酸っぱいものもあれば
苦いものもあり
そうではない草も
青臭かった

晴れた日は近くの小川の土手に
山羊を毎日連れて行った
子供の頃は体が弱かったので
一匹の山羊の子を育てた

緑の草に囲まれて
ゆっくり流れる
白い雲を見ていると
山羊になった日が懐かしい


(2006・4・28) NO・320

野山に行くと食べられる草が一杯ある、たらの芽や蕨や芹のように山菜としてスーパーの棚に並び、愛好されているものもあるが、そうではない身近なタンポポやカラスノエンドウのような草も美味しい、この春は山羊になって心置きなく自然を食べたいと思う。
ただ、除草剤を使われた所は避けたほうが良い、健康のために。



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  1. 2006/04/28(金) 06:58:05|
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この道

  この道  いのうえ つとむ

嬉しいときも
悲しい時も
共に手を取り合って歩いてきた
この道
曲がりくねった道だったけれど
頑張って歩いてきたね

嬉しいときも
悲しい時も
共に手を取り合って歩いてきた
この道
泥んこの中でも
涙をぼろぼろ流し そして笑った

嬉しいときも
悲しい時も
共に手を取り合って歩いてきた
この道
タンポポが一杯咲いている丘で
二人して草を摘んだね

嬉しいときも
悲しい時も
共に手を取り合って歩いてきた
この道
42回目の初めて祝う ! 結婚記念日
牛タンの切り落としのハムと葡萄酒で

・・乾杯!

  (2006・4・25) NO・319


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  1. 2006/04/26(水) 07:43:50|
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今日は4月25日結婚記念日

「今日4月25日は、42回目の結婚記念日ですね。」とドロシーさんからお祝いのカードをいただきました。
綺麗なバラの花のカードをいただきました。

今まで結婚記念日は・・なんとなく気にもせず素通りしてきました。
今年はぶどう酒でささやかに・・「乾杯!」です。
・・「有り難うかあちやん!」
でんちゃんの人生も・・まんざら捨てたものでは無いぞ!
こりゃ・・こりゃ。


綺麗なカードをごらんになりたい方は、リンクの中の「新・オーストラリア・ドロシーさん」か http://dorothy55.exblog.jp/ を見てね・・すばらしい写真と英語の俳句で満開のページです。

(2006・4・25)


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  1. 2006/04/25(火) 00:42:02|
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今日のの出逢い

  今日の出逢い  いのうえ つとむ

葉桜が風に揺れていた。孟宗竹の竹林にかこまれた白い家が見えてきた。
「ここだよ」と車から降りると
「おくさーん、大森です」
「はーい」
「今日は芹を採りに来たよ」
「どうぞどうぞ、何でも採っていって下さい。筍も又出ていますよ!」
明るい声がして奥さんが窓を開けられた。見ると品の良い白人の外人さんだった。
「お声だけでは外人さんとは解りませんね。日本語が上手ですね」と大森さんに聞くと
「そうだよ、日本語はぺらぺらだからなー、一年に一度はドイツに帰られると聞いている」と笑いながら話してくれた。

芹を少し採ってから玄関に来て
「これが芹だよ」と大森さんは芹を見せながら,トラックの荷台の中の新鮮な野菜を一箱手渡していた。
「有り難う!」と返事をしながら奥さんが出てきて嬉しそうに野菜の箱を受け取っていた。
大森さんは自分で作った野菜を何時も今日のようにお届けしているのだな?と思った。
「ここにも野蒜があるよ、井上さんこれ採ってもいいよ」と玄関脇の草の中を教えてくれ、大森さんは筍が生えてきたという庭の奥ヘ行った。

しばらく野蒜を採っていると一台の車が玄関前に入ってきた。
車から降りられた方がここのご主人だな?と思ったので
「今日は」と挨拶をすると
「どちらさんでしょうか」といぶかしそうな顔をされていた。
それもそのはず、見知らぬ爺さんが自分の玄関先で草を採っていては、 不審に思うのが当然だ。
「あの・・大森さんと」と言うと、すかさず
「あ!そう」とにこりと笑われた。この返事の一言で、大森さんの人柄の良さが分かった。

大森さんと奥さんが玄関に戻られたので、芹の食べ方や野蒜の食べ方を教えながら「美味しいよ」と話して、採った芹と野蒜を渡そうとすると
「せっかく採ったのだから持って行ってくださいよ、まだいくらでもありますから」と僕に譲ってくれた。 凄く感じの良い方だなーと思った。

「インターネットされていますか」と、なんだかパソコンをしているような感がしたのでそれとなく聞いてみた。
「うん、少しだけれどね」
「ああ!良かった僕もブログ書いているんですよ!」
「へー・・凄いじゃん、見たいナー」
「詩とエッセイだけれど、昨年の五月から始めて300編ぐらいになりました。拙いものですが・・」
「ぜひ読みたい、教えて!」
「ヤフーで、でんどう三輪車で検索して下されば出ると思います」
「おーい、ケンチヤン、メモ持って来て!」
中から小学校の5年生ぐらいの子供さんがメモの紙とボールペンを持ってきてくれた。
でんどう三輪車と自分の住所、氏名、電話番号を書いて渡すと、ご主人も同じようにご自分のを書いて渡してくれた。
「車の中で食べて下さい」と帰り際、奥さんの作られたケーキをポケットに入れてくれた。
今まで大和撫子のカップルは良く見掛けたけれど、今日、素晴らしいご主人に会って、外国の女性に好かれる、魅力のある日本男児の方が居られるんだなーと、ツクヅク思った。日本の男性が魅力に欠けるので、外国の女性にもてないのだという、今までの偏った思いを考え直した。

「ここのご主人は、音楽家なんだよ。俺は演歌だけれど演歌ではないんだ。クラシックを演奏されているんだよ。上智大学を出られているんだ」と運転しながら大森さんが話してくれた。
あの品格と人柄を思うと、なるほどと思った。

しばらく畑の中の道を車が走り、芹が一面に生えている休耕田で芹を摘んだ。
それから大森さんの知り合いの葡萄園の農家に立ち寄った。
明るい話好きの奥さんが、いろいろな庭の花を案内して見せてくださり、ハーブのミントを植えるようにと、一束お土産にくれた。
車の中でもハーブの良い香りが漂っていた。

4月の月初めに、箱根の姫の湯で山に登った帰りに立ち寄ったという大森さんと温泉で知り合った。帰りは電車で茅ヶ崎まで帰られるという事なので帰りを共にして電車の中で話が弾んだ。
「少しばかり畑を作っていて、会社は55歳で退職し、今は朝2時には起きてね、牛乳配達の仕事をしているんだよ」と自己紹介してくれた。自分も今、メール便の配達と夕刊の配達をしていると話した。
「雨が降っても風が吹いても仕事があるからなー」と同じ苦労話が一致した。
「僕は芹が大好きなんだけれど、どこか芹の出ているところは無いかねー」と話をして、自分の名前と連絡先をメモして渡した。

先日、突然・・大森さんから電話が来て、
4月23日、買ったばかりの980円の長靴を履き、茅ヶ崎の駅で待合せて、芹を採りに連れて行ってくれた。
車は街から随分離れて山の中に入って行つた。走っている車の窓の外を見ているとタンポポが咲き、どの農家の屋敷も蕗が生えていて美味しそうに見えた。
それが今日の良い出逢いになった切っ掛けである。

帰りも大森さんに茅ヶ崎の駅まで送っていただき、大森さんと又姫の湯で会うことを約束して別れた。
時間があったので、箱根の姫の湯で疲れを取って、ゆっくり家路に着いた。
今日の一日は、良い出逢いがあり、人生の一ページを飾れたことに感謝の思いで一杯である。

(2006・4・23)



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  1. 2006/04/24(月) 16:40:48|
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40センチ差の親善大使!

 40センチ差の親善大使  いのうえ つとむ

ゴトン ゴトン ゴトン 
登山電車がゆっくり登る
箱根の山をゆっくり登る
時々スイッチバック
「あれ!どうしたんだろう」
・・初めて乗る人は不思議がる

窓の外は満開の桜が散って
花大根がいっぱい並んで
紫色の小さなハンカチを振っている
やがて五月になり 六月になり
梅雨時になると
紫陽花の笑顔の見送りだ

登山電車は山の木々に囲まれて
いろんな国の人の憩いの電車
青い目をした・のっぽの青年と
黒髪・艶やかな大和撫子
・・僕は言葉は解らないが
でもその深い愛情は心に響く

40センチの背丈の差があるけれど
その愛が実り育っていくことを・・
貴女の幸せを・・
ひたすら願う
強く生きよ!
40センチ差の親善大使!

世界平和への民間外交!
世界の人々は平和を願っているよ

(2006・4・22) NO・318
(この詩は40センチの背丈の違う国際結婚・岡山のshanaさんに贈る)


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  1. 2006/04/21(金) 13:41:22|
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今日は誕生日

4月21日晴天!
白い雲が穏やかに流れています。
春の花が咲き乱れています。
71回目の誕生日です。
昨年の5月よりブログを始めて
もう直ぐ1年になります。
拙い詩とエッセーを書いてきましたが、
みなさん多くの方々の応援と励ましに
支えられてきたから
今日まで続けてこられました。
本当に有り難うございました。
今後も皆様と共に
喜び!
悲しみ!少し大きい文字
毎日息をするように
詩とエッセーを書きたいと思います。
一人の人でも涙を流して読んでくださることに
感謝して。

(2006・4・21)でんどう三輪車(いのうえ つとむ)


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  1. 2006/04/21(金) 08:52:19|
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心に太陽を!

昨日は、ちらりと
やっと青空見えました
なのに、また今日は曇り
心に太陽がなきゃ
厳しい状況です
太陽を探そう
 
(りえさんの詩より)

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  心に太陽を  いのうえ つとむ

チュウリップが咲いている
太陽をいっぱい浴びて
体中いっぱい浴びて
土の中まで
光を運んで
大きな球根を作っている

夜中に目が冴えて
眠れないとき
朝の太陽を見てごらん
真っ赤に燃えた太陽を!
心の扉を開けて見てごらん
気持がさっと軽くなるよ

春の風が
そっと吹いて
チュウリップが
赤色 黄色
ほんの少し
揺らいでいる

君も僕も
心に太陽を!

(2006・4・20) NO・317
(この詩はりえさんの詩に寄せて・りえさんに贈る)


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  1. 2006/04/20(木) 18:28:24|
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いのちのいろえんぴつ

今朝、読売新聞を広げて『編集手帳』に目が釘付けになった。

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たどたどしい鉛筆の跡に、震える指先が見えるようである。
「糸とおし/玉結び/ゆっくりだけど/一人でできたよ」
            「2003年6月11日17時00分」、

日付と時刻のあとに「加純」となまえがある。これまで、時刻の記された詩を読んだことがない。近刊の詩画集「いのちのいろえんぴつ」(教育画劇)を開いている。
その少女、北海道厚岸町の豊島加純さんは10歳の時に脳腫瘍がみつかり、体が徐徐に麻痺して行った。通っていた小学校の先生から12色の色鉛筆とノートをもらった。加純さんは詩を書き、絵を描いた。

「12色/ここは12色のいろがある/目立たない色もあるけれど/みんな/がんばっている/ひとつ、ひとつ」。

利き腕の右手が動かなくなり、慣れない左手で描いた色鉛筆の美しい線が時々振るえ、色と色が交じり合っている。

日ごとに病勢が進んでいく中で、最後まで「生きるのをがんばる」と話していたという加純さんは、2年半前の2003年(平成15年)9月、11歳で亡くなった。

「先生がこのノートを見てなみだを/流してくれた/自分が/書いたもので/人が泣いてくれる/うれしかった/だから/がんばってかく/2003年・6・15/13時54分/豊島加純」。残り少ない命の時間をいとおしむような、分刻みの時刻が目にしみる。

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この記事は、詩を書くものとして、詩の原点に帰らさせてくれたと思う。何の飾り気もない、ありのままの、命をいとおしむ素直な心が詩を書くのに一番大切なことだと思う。
ともすれば言葉の綾や文体や構成にとらわれがちな詩作に、加純さんの詩は今一度自分の足元を見直させてくれた。

(2006・4・19)(9時34分22秒)


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  1. 2006/04/19(水) 09:34:21|
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春の夕暮れ

 春の夕暮れに


つかの間の

春の日

なのかもしれない

でも

それで

いい



桜より

花海棠が,ずっと好きだな

あんなに一途な赤い蕾から

艶やかに花開く

もの

    (雨さんの詩より)



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 春の夕暮れ  いのうえ つとむ


風に散る
紫木蓮の花が物憂く
花海棠が一途に
赤い蕾から
艶やかに花開く


生暖かい
アスファルトの道を
疲れた足取りで
今日も
一日歩いた


河の流れに
漂う木の葉のように
つかの間の
時の流れに身を任せ
限られた命の時を刻む

抗うことも無く
激しく燃えることも無く
それでいて
落ち込むことも無く
平凡に過ぎ行く日よ!

今日という日が
過去となって
・・・行く
燃えよ!
一途に

花海棠が咲く
春の夕暮れ 

(2006・18) NO・316
(この詩は雨さんの詩に寄せて・雨さんに贈る)


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  1. 2006/04/18(火) 18:23:08|
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憂い・・雨ちゃん

そそり立つものより

うつむいてる人に

惹かれることもある

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

絢爛と咲く花も美しいけれど

控えめなうつむき加減の花に

心を惹かれますね

人もまた同じように

どこか寂しさと憂いの影を潜めている

そんな姿に心を惹かれますね

所詮誰もが寂しいのですね

この雨ちやんの優しい心

胸に詰まります。





  1. 2006/04/17(月) 10:31:08|
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黒いチューリップ

 黒いチューリップ  いのうえ つとむ

四月半ば,春といっても寒い日が続くこのごろ、今日も寒冷前線が空を覆っていて自転車のハンドルを握る手が冷たい。
メール便の配達コースで庭に花が咲き競う住宅地がある。今流行のガーデニングというのだろう、三色すみれの鉢が並び枝垂れ桜も咲いている。四季を通じてそれぞれの花の競演で見飽きることは無い。
その住宅の通りに「いちご堂」という小さな看板がある。鍼灸院の看板で毎日のように配達する家である。
中年の婦人がチューリップを鋏で切っておられた。鍼灸院の先生である。「今日は、綺麗ななチューリップですね」と挨拶すして、メール便の封筒を手渡すと
「郵便やさんですか、お花をを持っているのでポストに入れて」
「メール便です、じゃあ、ポストに入れときますね」
「そうして下さい」
「大きなチューリップですね」
「でも、すぐ散ってしまうの」
「この黄色の花は芯のところが黒いのですね」
「そうなの?・・私は見えないのよ、だけれど紫の濃いのと違う?」
「そういえば紫かもしれませんね」
前にも挨拶をしたことが一度あったが初めて目が不事由だと知った。
普通の眼鏡をかけておられて外見では分からなかった。
「こちらの赤いチューリップのほうが濃い黒い色に見えますね」
「どれですか、これ?」
「よく見ると紫の濃い色ですね」
「オランダはチューリップの国でしょ、黒いチューリップで戦争したと言うからね」
「黒いチューリップ・・そんな謂われがあるのですか?」
「私は事故で見えなくなったの、最初は黄色い色や赤い色から見えなくなったのよ、色盲ってあるでしょう、ああゆう感じからね」
「大変ですね」
「私は見えないけれどね、お客さんが喜ぶと思ってね、ガーデニングの専門の方にお願いしているのよ。ところで貴方のお名前は?」
「井上と言います」
「どちらにお住まいなの。洋光台?」
「はい、五街区に住んでいます。うちの妻がローアなのですが、途中で失明されると大変ですね」
「いいえ、そうでもないわ。貴方手話されるの?」
「僕はしません、口話です」
「口を見て話すのね。私もね、点字しないのよ。小説もテープがあって聞けますからね」
「ああ!僕の同級生の仲の良い友達が、かれこれ20年ほどボランテアで小説など本の朗読をテープに入れていますよ・・夜中の2時ごろまで起きているとか」
「そう!有難いわね。人のためになることは良いことだわね。良い人生ね」
「なかなか出来ない事ですよね」
「お宅の近くに、・・・大嶋さんというローアの方がいるでしょう」
「妻の友達です」
「一度来られたのよ。災難にあったときに連絡できる会を作って市と話を進めているのだけれど中々はかどらなくてね」
「そうなんですか」
「でも最近は好くなったわね。ここのところ市のほうも好くなったわ。皆が変わってきたわ・・先日も二人の方が道案内をしてくれたの。以前は石をぶつけられたからね」
「今ははテレビでも手話をやるし社会の目が変わってきましたね」
「私たちは杖があるから外見で分かるから良いけれど、ローアの人は見た目で分からないから大変ね、張り倒されたことがあったと言うからね」
「以前はオシだのツンボなのと言われていたからね」
「私ね一度懲りたことがあるの。手話通訳が良くなくて誤解されてね。障害者同士でも意思の通じないことがあってね」
「手話も難しいからね」
「私パソコンをやっているのよ!文字が音声に変わるの!」
「そう!凄いね!僕もブログで詩やエッセーを書いているのです」
「何人の人が読んでくれているの」
「一日150人ぐらいかなあー」
「凄いはねー読みたいわ。今度機会があったら読ませてもらうわ」
「ぜひ読んでくださいね」
「私ね、目が見えなくなってからお声で人柄が分かるのよ。今のほうが前より人生が充実しているのよ。見えるときは見逃していたことが見えるのよ」
「目が見えると表面だけしか見ていませんからね」
「外見で判断するのではないのよ。心の奥が見えるのね。怖いわよ!フフフ」
「・・・・・」
「貴方いい人だわね」
赤いチューリップも黄色いチューリップも芯の周りが濃い紫色の黒い色であることを、このとき・・しみじみと見ることができた。
いつもは通り一遍の見方でたで「綺麗だだなー」と見ていた花である。

(2006・16)


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  1. 2006/04/16(日) 02:59:57|
  2. 小説・エッセイ|
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花の舞

 花の舞  いのうえ つとむ

空は花曇り
なぜか雨の匂い

満開の花は散り敷かれ
いま若緑の芽が噴出して

花の芯が
密かに実を結んでいる

一面の花茣蓙のような根元に
残る桜も散る桜

ひら
ひら

ひら
ひら

一枚 又一枚
一呼吸置いて散っている

息を止めて見る
この静けさ

空気さえ
重たく感じる

花の舞


夕刊の配達の途中で、ふと足を止めた。吉野桜が咲き終わっていて、地面は桜の花化粧で美しく、しばらく見とれていた。思い出したように一枚又一枚と残り桜が散っていて、それはあたかも人間国宝の舞を見る想い。もしも日本舞踊が踊ることが出来たなら「この花のように踊ってみたい」と想った。そこヘ、ヘリコプターが空をかき混ぜて大きな爆音を残して去っていった。ヘリコプターが遠くへ去った後も、静かに花の舞は続いていた。

(2006・4・14) NO・315


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  1. 2006/04/14(金) 00:29:06|
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花冷え

  花冷え  いのうえ つとむ

桜の花の蕾にも冷たい雨!
蕾が開かんとする時にも冷たい雨!
満開の桜にも冷たい雨!
散り行く桜の花にも追い討ちをかけるように
又冷たい雨が降り注いでいる。

桜にとって今年は試練の年のようである。
久しぶりに暖かい春の日差しを受けた枝垂桜を、先日妻と妻の友達と三人で見てきた。
其処は酒匂川の支流の中津川に沿った集落で「寄」と言う字の一文字で「やどりき」と読ませる珍しい地名である。
小田急の新松田の駅を降りてバスに乗ったのだが10時55分発ということで40分ほど駅前で暇をつぶした。
バスの案内所を訪ねたとき「寄に行くのには何処で乗るのですか」と聞いた。「3番のバス停です。今度は10時55分です」と教えてくれたので、バス停を確認していた。「桜を見に行くのですか、寄と聞かれたので」と親切にも案内所の受付の婦人が地図を持ってきてくれて道順を教えてくれた。

バスは時間どうり出発して新松田駅の街路を離れて、よく整備されたアスファルトの舗装道路の山道を登っていった。
山の道路が蛇行していて桜の花が思い出したように所々咲いていた。谷底は予想していたより深く「こんなに山奥だったのか」と思いながら窓の外の景色を眺めていた。
しばらくして山の谷間の少し開けたところに家が五・六軒見えたきた。
やがて家並みが揃い松田町「寄」の集落となって終点、寄のバス停に到着した。

バスの運転手さんに聞いたように、右に曲がり、左に曲がり、山のお茶畑を歩いて行った。お茶畑の向こう側に目当ての枝垂れ桜があるのか桜の木が見えないので、どれだけ登ると良いのか見当が付かない。下ってくる人に聞くと、「まだまだ先が長いよ」と言われてゆっくり坂道を歩いた。ゆっくり歩いたというよりも息が切れて足が進まないのだ。若い夫婦たちだろう。後から来て軽く追い越されると「年だなー」とつくづく思い知らされた。

畑の土手や道の畦を見るとタンポポが咲き、所々に野蒜が生えていて、「帰りに採って行こう」などと策をめぐらしながら急な上り坂を歩いた。

やがて眼下に一本の枝垂桜が農家の庭先に咲いているのが見えてきた。
急ごしらえの階段が畑の中に作られていて降りて行くと数人の人が桜の古木を囲んで記念写真を撮っていた。

農家の主人の話によると松田町の観光課が「土佐原の枝垂れ桜」と宣伝して桜を見に来る人が増えたという。樹齢150年と謳ってているのだが。切ることは出来ないので年輪を数えてみたのでは無く、本当のところは分からないと言っていた。あくまで推定だと話していた。農家の個人の好意で見せていただくもので、観光化されてい無い。自然のままだからこそ心の和む思いがした。
「茶畑で生計を立てているのですか」と聞くと「みんな兼業農家で横浜あたりまで勤めに行っていますよ」と主人の返事だった。この山村からの通勤では大変だなあと思った。農業だけでは生計が立てられないのだろう。

時計を見ると12時になっていた。スーパーで買ってきた弁当を広げて枝垂れ桜と山の見晴らしをご馳走にして昼食を食べた。
足元に生えていた3本ほどの野蒜を採ってその場で生で食べたがこれほど野趣に満ちた昼飯は外ではない。
また帰り際に野蒜とタンポポを採ってお土産にした。

箱根の近くまで、せっかく来たのだからと「姫の湯」の温泉に疲れを取りに立ち寄った。
温泉は空いていてゆっくり湯船に浸かりくつろげた。しばらくしてよく数えたのではないが15人から20人ほどの70歳の僕と同じ年恰好の人たちが狭い浴槽に代わる代わる入って満員になってきた。急に賑やかになったが礼儀正しく品の良い人たちだった。よく見ると目が不自由な人がほとんどで手を引いてもらいながら入ってきた。付き添いの人がこまめに世話をしていて楽しそうに温泉に浸かっていた。
熱めなお湯なのでそれが話題になり「この熱いのが良い」という人と「熱いのが苦手だ」という人がいて久しぶりの温泉のようで嬉しそうに温泉のお湯を堪能していた。

この団体さんが先に浴槽から出た後、しばらくしてから僕も出てソフアーに腰をかけて休んでいると、二階の休憩室の賑やかな談笑の声が聞こえてきた。
「さっきの目の不自由な方たちですか、賑やかで楽しそうですね」と管理人さんに聞くと「そうなんです、昨日連絡があり少しばかり割り引いて差し上げたんですよ。それがねえ・・何処も受け入れてくれなくて、困っていて、うちに来られたのですよ・・」それを聞いて「エエ!そうなんですか、あのハンセン病の人たちの差別と同じではないですか」とつい口に出した。
ニュースで聞いた元ハンセン病患者さんの差別の件もひどいもので、他のホテルでは自分のホテルでなくて好かったと密かに胸をなでおろしただろうと思った。

まだまだ体の不自由な人たちにとって日本という国は「花冷えの桜のように世間は冷たい」と思い知らされた。

(2006・4・12)


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  1. 2006/04/12(水) 01:16:23|
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母の詩

 指揮者

ママは指揮者で
オーケストラが家族
ママのひとふりで
良いようにも悪いようにも
楽しい音楽 奏でよう♪
ママの作り出すハーモニー

(りえさんの詩より)


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 母の詩  いのうえ つとむ

母よ!優しき母よ
蜜柑の花が
匂う庭先で
貴女が干した梅干を
今しみじみと味わう

遠き思い出が
今も 此処にやってきて
ゆっくりと
ビデオの録画のように
映し出される

遠足の時も
運動会の時も
何故か ゆで卵と
海苔のおにぎりの
お弁当だった

急に喉が
締め付けられて
声変わりをした時も
「大人になるのだよ」と
微笑んでいた

いつか
オナニーを覚えて
下着を汚した時も
「大人になったな」と
笑っていた

母よ ! 優しき母よ
皹だらけの手で
畑仕事の手で
豊かな直感と知性で
家族の指揮をとっていた

時には
激しく怒り
時には
おろおろ涙を流し
人生を体で教えてくれた

母よ!優しき母よ
今も 庭先で
蜜柑の白い花が咲き
貴女の声が
遠くから聞こえてきます

 (2006・4・8)NO・314
(この詩はりえさんの詩に寄せて・りえさんに贈る)



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  1. 2006/04/08(土) 18:29:13|
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捨てられた靴

  捨てられた靴  いのうえ つとむ

乙女心の象徴だわね。 
尖ったつま先に細いヒール。
リボンの飾り!
小さい頃から、
大人になったら履いてみたいと憧れていた。

・・そうして・あたしを履いて下さった
こよなく愛された年月
貴女が幸せな歌を唄っている時
貴女と共に歩いた・あたし

今・貴女は
必死で病と闘っている
厳しいリハビリ
歯を食いしばって闘っている

もう貴女のハッピーを
あたしは運んであげられない
シンデレラの靴ではなくなった
リボンの付いた細いヒールだけれど

貴女は何度も
あたしを捨てようかと
涙して悩みながら
意を決して私との決別!

シンデレラの靴とのお別れは
過去の幸せとのお別れ!
今の貴女にあたしは優しくない
もっと優しい靴を探して下さいね

体に優しい靴を履いて下さいね
新しい幸せを見つけて下さいね
新しい希望を胸に抱いて
明るい歌を唄って歩いて下さいね

こうのように
捨てられた靴が話していた

(2006・4・7) NO・313
(この詩は絵夢さんへのコメントとして・絵夢さんに贈る)


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  1. 2006/04/07(金) 07:50:42|
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桜散る

 
生きられることの嬉しさ 桜散る 』  いのうえ つとむ

この俳句は・絵夢さんのところの・しりとり川柳に投句し絵夢さんに贈った句です。


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  桜散る  いのうえ つとむ

ひら ひら ひら ひら 桜の花が散っている

ひら ひら ひら ひら 敷き詰められて

散って 散って 散って 散っている 

桜の花が散っている


冷たい雨が降っていて 

時折強い風が吹き

道路も砂の広場も薄化粧

桜の花の薄化粧


突然救急車がやって来て

サイレンの音を残して姿を消した

ひら ひら ひら ひら 桜の花が散っている

ひら ひら ひら ひら 心の中でも散っている


 (2006・4・5) NO・312
(この詩は絵夢さんのご健康の回復を願いつつ・絵夢さんに贈る)


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  1. 2006/04/05(水) 21:35:56|
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心の傷

 いたずらな春

春はいたずらに心をかき乱します

風に乗り 花びらを拾いあげ笑っているのです

心が陽気になる反面 

有頂天になりすぎて

知らぬうちに人を傷つけてしまうのです

春はいたずらにあなたの心 遠ざけていきます

(静流さんの詩「いたずらな春」より・素晴らしい詩に感動して)


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  心の傷  いのうえ つとむ

満開の桜
ゆらゆら
風に揺れ
ほのぼのと
人肌の温もり

満開の桜
その幹に
昔の傷あり
花に見とれて
誰も気付かず

人もまた
心に傷を背負い
必死に生き
その微笑の陰に
誰も気付かず

(2006・4・4)   NO・311
(この詩は静流さんの詩に寄せて・清流さんに贈る)




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  1. 2006/04/04(火) 14:21:48|
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ぴかぴかの一年生

 変わること

綺麗になりたい

自分に自信がつくから

可愛くなりたい

少しでもあなたの視界に入りたいから

笑っていたい

そんな人生を歩んで行きたいから

変わりたい

今とは違う

そんな自分を見てみたいから


(この詩は、うちのおもい・ちえさんの詩です。爽やかな、ありのままの「飾らない詩」が心に響きます)

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ぴかぴかの一年生  いのうえ つとむ

菜の花黄色
ランドセルも黄色

チュウリップは赤い色
ランドセルも赤い色

「赤いランドセルが可愛いね」
「背中にかけて見せてごらん」

「違うよ!ピンク色」
「ビビットピンクというの」

バラの花ピンク
ランドセルもピンク

濃いピンク色のランドセル
濃いピンク色のビビットピンク

ぴかぴかの一年生
ぴかぴかの第一歩

 (2006・4・4) NO・310

(この詩は、ちえさんの詩に寄せて・ちえさんと孫の美穂ちやんに贈
る)


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  1. 2006/04/03(月) 10:29:32|
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淡彩風景

 

 淡彩で描かれた

 ページを

 捲るように

 日々が過ぎてゆけばいい

 (雨さんの詩より)

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   淡彩風景  いのうえ つとむ


 さらさら さらさら
 風が囁いただけで
 桜の花が散っている

 花吹雪を浴びながら
 唄えや踊れやと
 人々は宴たけなわ

 花見の唄の歓声を尻目に
 宿無き人が
 去っていった

 犬や猫や烏までが
 彼と食べ物の残りを
 争う中で

 彼は微笑を残して
 背中を丸めて
 去っいった

 人生「一寸先は闇」
 他人事とは思えない
 この娑婆世界
 
 その違いは
 綺麗なスーツを着ているか
 いないかの違いだけ

 ひたすらに散る桜
 さらさらと音もなく

(2006・4・2) NO・309
(雨さんの詩に寄せて・雨さんに贈る)


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  1. 2006/04/02(日) 11:08:15|
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