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走れ!でんどう三輪車
齢70にしてブログなるものに挑戦!人生まだまだこれからですよね(^^)//。俳句や詩歌を趣味として又釣り人として、 、、、、、はたまた「でんどう三輪車」として、日々の出来事を綴ります。

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牛の涙

 牛の涙   いのうえ つとむ

戦争が終わって何年経っただろうか。のどかな三河地方とはいえ終戦後の生活は誰もが厳しかった。物不足だった。とりわけ食料難で誰もが食べ物に餓えていた。
爆撃の傷後がそのままに残った場所がところどころあった。豊川海軍工廠の爆撃の時に僕の家の田んぼにも爆弾が落ちた。幸い家屋敷には被害はなかった。その爆撃で擂鉢状の大きな穴が掘られた。その田んぼでの出来事である。
昼ごはんを食べていた。中学校の同級生にはラジオドラマの「鐘の鳴る丘」と同じような「海の家」という孤児院があって戦災孤児も同級生に何人かいた。でも彼らより貧しい人がいた。
隣の席の小林君の弁当の中身がいつものように米粒がほとんど入っていなかった。南瓜と人参と薩摩芋の弁当である。僕は農家なので麦飯だけれどお米のご飯だった。彼は父が戦死してお母さんと妹さんと三人で親戚を頼りに疎開してきた人だった。あまり気の毒なので「半分ずつにしまいか」と話しかけた。小林君は「僕はこれでいいよ」と遠慮していた。弁当を机に置かず膝の上で隠すように食べていた。その時に「井上君、田んぼの方へ帰るように、家からお電話ですよ・・牛が倒れたんだって!」と女の先生の声がした。

早引きして急いで蓮華の花を踏みながら田んぼに帰って行くと、田んぼの真ん中に牛が倒れていて、父や叔父さんや近所の人が集まっていた。僕が世話をして育てた牛なので知らせてくれた。「これが最後かもしれないから会わせたかったのだ、お前に合わせずに連れて行ってはなー」と父が言ってくれた。
農業といえば牛の働きに頼っていた。牛の糞は堆肥にして貴重な肥料となり、牛がいなければ農業は成り立たなかった。
牛はほとんどが和牛で田畑の耕作に、運搬にと欠かせない大事な家畜であった。たまに乳牛のホルスタインを飼育している農家もあったが何軒も無かった。
戦時中に朝鮮牛といって赤毛のおとなしい牛が日本に入ってきて、この赤牛を和牛と同じように農耕に使い飼育する人もいたが珍しかった。
どの牛にしろ牛の働きが便りであった。
まだ耕運機も無かった。自動車は消防車と病院にあったぐらいで見かける事はまず無かった。オート三輪車が牛車に変わりつつあったが農家では誰も持つ人は無かった。お医者さんも自転車かスクーターで往診する先生が多かった。そういう時代なので牛は大切な家畜であった。
その大切な牛が倒れたのだ。
「今まで牛が倒れたことは一度も聞いたことが無かったなあー」
「朝から元気がなったからのう」
「仕事がきつかったかのん」
「鋤で土を耕すのが重荷だったかのう」
「すぐに疲れたのか、ハッハアー息をしていたのでのう」
「どうしたら良いかのん」
「チョットやソットでは動かんでのん」
そんな話をしている時に獣医さんが来て、診察をしてから
「もう治りそうも無いよ」と小声で言った。
「足は折れているかのん」と父が聞いた。
「折れてはいないと思うが、内臓から来ていると思うが」
獣医さんは足は折れていないと診断していた。
「熱も高いようだし、諦めたほうが良いかのん」
父は諦め切れないようだった
「肉にしても・・これじゃあ・・安くなるでのう」
「しかたがないかのう」
祖父も叔父さんも近所の人も同じようなことを口々にしていた。
「それでも、もう一度立たしてみまいか」
「立ってくれれば良いけれど、やってみようか・・」
「それ!」
「よいしょう!」
「ボウ・・ボウウ・・シッ・・シッ」
「ボウ・・ボウウ・・シッ・・シッ」
どんなに手綱を引いても一向に立ち上がろうとはしなかった。
「やっぱり駄目かのう」
「ソリを作って他の牛で道まで引いて出してみるかん」
「そうするしか無いで」
「ほう・・あんたんとこの赤牛を借してくれまいか」
「ああ・・良いよ・使っておくれんよ」
急ごしらえに板と丸太でソリを作った。ソリといっても簡単なものであった。牛をソリに乗せるのがまた一苦労であった。
僕は牛の頬や首をさすってやった。牛の目は熱に浮かされているようで、苦しそうな息使いだった。
綱を牛にかけてその綱を担い棒にくくりつけて4人の大人が担いで牛をソリに乗せた。
おとなしい赤毛の朝鮮牛を連れて来てソリを引かせた。代掻きの前なので田んぼには水を張っていなかった。水が少ないので滑べりが悪く農道まで出すのに手間がかかった。黒牛はソリに横むきのまま乗せられ、よだれをたらして苦しそうに喘いでいた。赤牛は振り返り、振り返り、何度も倒れた牛を見ながら急ごしらえのソリを引いていた。

やっとの思いで農道に出した。しばらくしてオート三輪車が到着した。
屠殺場の人が来ると、どの牛も敏感に察知して、畜生の感が働くのか、その時はほとんどの牛が少し暴れて抵抗したものだ。
この赤牛もやはり屠殺場の人を察知したのか、目に涙を流していた。
振り返り、振り返り、田んぼの中でソリを引いていた時も泣いていたであろう。
牛も人間と同じように悲しい時は涙を流すものだと思った。
やがて牛を乗せた三輪トラックは、タンポポや蓮華の花が咲く夕暮れの農道を去って行った。
萌える若緑の木立の中に三輪トラックが見えなくなるまで、みんなで見送った。母や居合わせた女の人達は涙を拭いていた。
僕はこの時の光景を忘れることは出来ない。

夜になって牛小屋の前にたたずみ、いなくなった牛のことを思い返していた。この牛は僕が世話をしてきた。朝早く刈ってきた草と稲藁の飼葉に少々の小麦や雑穀と糠を程よく混ぜて食べさせた。今日はまだ少し食べ残しがあった。新しい敷き藁と牛乳そのままの牛の匂いが漂っていた。

どの農家も子牛を買ってきて成牛に育て上げ農耕に使った。頃合を見て売り払い現金収入にして来た。だが今までの牛と違って、この牛は太ってはいたが何処と無く丈夫では無いように常々感じていた。おとなしい雌牛で僕になついていた。

牛は人をよく見る。人を見て言う事を聞くのである。こちらの目を見て服従するか、しないかの判断をするのだ。
牛は自分より強いと思えば服従し、弱いと思うと従はない。それどころか、頭を下げて角をサクり上げて攻撃して来る。それを人を間違えてやると「なめたまねをシャーがって」と鞭や棒で打たれるのだが、そういう時に僕は逃げてしまう。僕は気の強い牛は苦手だった。角を出してくるので、気の強い牛を僕は避けていた。
その僕の弱気を今迄のほとんどの牛はよく見徹していて、僕を甘くなめ切っていた。だから今まで牛には近寄らなかった。兄は農家の後継ぎの自覚があるのか平気で牛を使いこなした。しかしこの牛だけはおとなしく僕によくなついた。だから僕が世話をしたのだ。可愛がって育てた。いろいろ思いめぐらして何時間も時間を忘れ牛小屋の前で過ごした。
「牛は処分されて牛肉となっただろうか。牛の命は何処に行ったのだろうか」・・と思いながら夜空を見上げていると、スーと流れ星が一つ東の空から西の空に消えていった。
牛の命と関係は無いだろうが、何故か気になって仕方が無かった。

 (2006・2・15)


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  1. 2006/02/19(日) 23:41:16|
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美也子さんの「牛の涙」の感想

読ませていただきました。
このエッセイで1番素晴らしいのは、空襲の描写の生々しさです。
さすが、詩をお書きになるでんどうさんだけあって、情景が目に浮かぶような迫力があります。
が、そのインパクトが強すぎて、全体のまとまりがない印象。書きたいことを何もかも詰め込んだために、テーマが何なのか、わからなくなってしまっています。

1番拙いのは、牛の死と、それ以前に書き連ねられた戦争の悲惨さとの関連性が感じられないこと。つまり、牛は病死であって、戦死ではないのですから、前半と後半で話が繋がらないのです。
おそらく、こうした時代だから、農耕牛と人との結びつきも強かったと説明されたかったのだと思いますが、違うものが伝わってきてしまうんですよね。

ということで、前半は「別の話」として独立してまとめる前提で、後半を考えてみます。

後半の肝は、何度も振り返りながらそりを引く牛と、殺されるために引かれる牛。2匹とも事情を推察しているらしい、その憐れさ。さらにそれを見つめる人々の思い――だと思います。
それに焦点を当てるとすれば、盛り込むべきは、貧しい生活の中での人と牛とのふれあい。牛が単なる家畜ではなく、苦しい時代に力を合わせるパートナーであったことが、しみじみと伝わるようなエピソードでしょう。

もう1つ、井上君がわざわざ電話で学校から呼び出されたのは何故なのか。単に人手が欲しかったのか、それとも家族の臨終と同じような感覚だったのか。
呼び出しは「事件」であることがそれ以前の記載から伝わってきますので、読者は興味を持ちます。興味を引いたことはきっちり解明されないと、もやもやとした不満が残るものです。

ほのぼのとした牧歌的な情景の中で、胸を打つ作品に仕上げるほうが、まとめやすいと思いますので、まずその方向で。
その背後に戦争の影、時代の悲惨さや不気味さまで潜ませることに成功したら、これは第1級の作品になります。そのときのポイントは、あくまでも登場する家族の直接体験だけを書くこと。近所の娘さんの話、ではだめです。

厳しく書かせていただきましたが、テーマに沿ってエピソードを取捨選択し、掘り下げていくコツを感じていただければ、と思います。

――というのが私の意見ですが、違うご意見の方があればお願いします。
Posted by 美也子 at 2006年02月16日 09:45





  1. 2006/02/19(日) 15:49:46|
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