電車が大磯の駅の近くに来て、窓の外を眺めると、いつもは青い海が松の梢越しに見えるのだが、あれ!と思うほど海は鉛を流したように暗く灰色に見えた。
空を見上げると空もまた灰色というか薄黒い雲に覆われていた。朝、家を出るときは快晴で昨日に続き暖かな日だと思っていたのに小田原で乗り換え箱根の湯元の駅に着いたときには雨が降ってきた。傘を用意してこなかったので、これは「しまった」と思った。
登山電車が登って行くにしたがい箱根の山は雪になっていた。少しだけ雪をかむった樹も女の人の薄化粧のように良いものだと山や樹に見とれていた。
駅で傘を借りて出てみると霙に近い重い雪が斜めに降っていて、ふわふわと雪の舞うのは見られなかった。肩に舞い降る「雪舞」ではなかった。
昨夜、夜中に足がつりコムラ返しになって痛いお思いを久しぶりにした。前々から疲れがひどいので11日か12日の休みには、日帰りの温泉に行くことに決めていたのだが、これでは仕事が出来ないので何としても今日は温泉に行きたかった。
12時15分ごろ行き付けの姫の湯について3時頃まで約3時間ほどゆっくりと体をほぐした。
温泉の窓からは、石崖と囲いで外の風景は見られないが僅かに空を覗くことが出来た。「少しでも青い空が見えると良いねえ」と地元の顔なじみのお年寄りと話していると、やがて雪も止んで空が明るくなった。
この温泉は体に合うのかすっかり疲れも取れ痛みも取れた。
大平台の小さな駅について傘を帰し、ベンチに座るとすでに20代後半か30歳そこそこの女性が一人座っていた。
「雪が上がってよかったね」と声をかけると「よかったわねえ」と返事を返してくれた。「帰りに干物の工場に寄って徳安の干物を買う予定だったので、晴れてよかった」と独り言のように話すと彼女も親しげに話してきた。
「私は座間から来たのですが時々ストレスがたまると安い旅館があっていつもその旅館に日帰りで温泉に入りに来るのよ」とその旅館を教えてくれた。
「奥さんとこられると良いわね、家族風呂で貸切だからね、小さくて綺麗な旅館ではないけれど日帰りで500円で入れますよ」
「何・・混浴なの?」
「そうよ、ほとんどお客さんは来ないからね、今日も私一人だった」
「そんな温泉があるの」
「細かいお金がなくてね1万円札を出したら、そこのおじさんが「今度で良いから」ってただで入って来たの」と笑っていた。
保育士をしいて25人ほど面倒を見ているのだが、結構大変だと話してくれた。
湯元の駅に着き新宿行きの小田急に乗り換える時
「私も干物工場に付いていって良いかしら」
「ああ、良いよ、ビックリするほど安いよ、市販されない・はみ出し物だけれど・・ほんとに安いよ」
「この切符は湯元なら途中下車が出来るのだけれど箱根板橋の駅で出来るかしら」
「ああ、駅員さんに聞いてみたら、小田急だから良いと思うよ」
「改札で思い切って話してみようかな」
そんな話をしているとまもなく駅に到着した。
「座間まで帰りたいのだけれど・・ここで一度降りても良いかしら」
「ああ、いいですよ、どうぞ」
駅員さんの気持ち好い返事が帰ってきた。
鯵とホッケの干物を干物工場から田舎に送ってもらい、自宅で食べる分を買った。
彼女はホッケの干物と特製の塩を買っていた。
僕は小田原の駅でJRに乗り換えた。
親戚か娘のように親しく話をしてきたが、別れるときも名前も聞かなかった。
「またいつか会えるかもね・・さようなら」
「そうですね、今日は有り難うございました。またお会いすることがあ るかもね、さようなら・・」
一期一会かも知れない、また再会することがあるかもしれない、それは解らない、名前も電話も聞けば教えてくれたと思うが、敢えてしなかった。
縁があればまた逢うだろうし・・老人にはその必要はなかった。
(2006・12)
拍手喝采!・・パチパチ←ここをクリックみなさん応援してください
スポンサーサイト
- 2006/02/13(月) 01:55:43|
- 小説・エッセイ|
- トラックバック(-)|
- コメント:8